旧燈明寺跡の保存と活用

燈明寺の主な文化財

1)観音菩薩立像
2)十三重塔・石灯籠・梵鐘
3)文書類
4)絵図類
5)建造物
6)その他

観音菩薩立像

旧燈明寺には、千手・十一面・不空羂索・聖・馬頭の5軀の観音像が伝えられている。これらはいずれも六観音に含まれるものであるが、構造や表面の仕上げの仕方、法量等に差異が認められ、本来一具として制作されたものではないようである。
すなはち、千手は漆箔仕上げで構造も一木彫成像と言っても良いものであるが、他の4像は素地仕立ての像で寄木造りとなっている。また、千手・十一面・不空羂索の3像はほぼ等身のものであるが、他の2像は一廻り小さく3尺程度のものである。
不空羂索の胎内から修理の際に奉加状が発見され、本像が徳治3年(1308)頃の制作であることが確認された。これと作風等を一にする十一面もこの頃の造立と思われ、また法量が異なる聖・馬頭の2像も作風に類似しているところが認められ、不空羂索とさほど隔たらぬ頃の造立と思われる。一方、他像と種々の点で異なる千手も様式から鎌倉時代後期の造立とするのが穏当と思われる。

以上のように見てみると、これら5像は徳治3年を中心にいずれも鎌倉後半に造立されたと思われ、制作状況等に課題が残されているが、不空羂索を中心にこの時代の彫刻がまとめて伝えられている点、甚だ興味深い一群の彫刻である。

木造千手観音立像木造十一面観音立像
木造不空羂索観音立像(像内納入品-観音像造立奉加結縁交名木造合体天部立像
木造聖観音立像木造馬頭観音立像 

十三重塔・石燈籠・梵鐘

石造十三重塔 (鎌倉時代末?)石灯籠 (模造、江戸時代中期)梵鐘 (貞享5年銘)

文書類

『東明寺過去帳』(元禄8年)『東明寺縁起』(元禄9年)
『縁起錺付烈并開扉中諸記』(文化7年) /『世評伝聞記』(弘化3年)
『藤堂家黒印状写』(安政2年) /『東明寺山内地宝什物目録』(江戸時代)
『東明寺由緒届書控』(明治23年)

絵図類

「本光山燈明寺境内図」(江戸時代末期)「燈明寺境内絵図」(明治37年)
「燈明寺境内見取図」(明治年間) /「加茂村全図併大字兎並・里・北等字限図」(明治年間)

建造物

庫 裏 (寛文12年) / 旧本堂 (室町時代) / 旧三重塔 (室町時代)

その他

南山城三十三所巡礼額 (東明寺) (天保7年) / 庫裏棟札(寛文12年) 庫裏修理棟札(文化6年)
土蔵棟札 (慶応2年) / 旧本堂所用巻斗 (室町時代) / 「東明寺」銘軒丸瓦 (室町時代)/
旧土蔵所用鬼瓦 (慶応2年) / 藤堂高虎位牌 (江戸時代)