財団について

財団の沿革川合芳次郎像

川合芳次郎は、安政4年(1857)に三重県で生まれ、横浜で貿易商として活躍した人で、昭和14年(1939)に84歳で亡くなりました。芳次郎は仏教への信仰心が厚く、明治26年(1893)にはアメリカのシカゴで開催された第1回万国間宗教会議に日蓮宗管長の委嘱を受けて同宗の代表として出席したり、明治27年には川合家菩提のために神奈川県知事の許可を得て、横浜市に川合寺を建立したりしています。

大正6年(1917)には、廃寺同様となっていた加茂町の燈明寺の再興に私財を投じて尽くし、大正8年には「正法護持財団」を設立してその維持管理等に当たりました。しかし芳次郎の没後は紆余曲折があって、昭和20年代の後半には寺も財団も共に解散されてしまいました。

昭和も末近くになって、芳次郎の孫に当たる土田久子ら遺族が中心となり、残された財産の一部と旧燈明寺関係の土地や建物、仏像などを基本財産として、芳次郎の遺志を後世に伝えるための財団を新たに設立することとしました。

京都の仏教美術の修理への助成を主たる事業とする新しい財団は、「財団法人川合芳次郎記念京都仏教美術保存財団」として、平成元年10月18日に京都府教育委員会に承認されました。助成事業はその年度から開始し、以来24年間に124件の文化財に対して、4,700万円近い助成をしてきました。

当財団は、このたび京都府知事より一般財団法人への移行の認可を受け、平成25年7月1日より、「一般財団法人 川合京都仏教美術財団」として、新たな一歩を踏み出すこととなりました。事業については従来のものを継承しながらも、いっそうの充実を図って参りたいと考えております。